
いつもご覧いただきありがとうございます。
勝っても負けても阪神タイガースを応援しています!
2025年は、2年ぶり7度目の優勝!
球児監督の見事なマネジメントに選手がしっかり実力を発揮しました!
2024年に果たせなかった「アレンパ」を今年こそは!
一度でいいから連覇の景色を見てみたいものです。
二人の息子を英才教育中!
長男は近本選手推し!残留してくれてよかったぁ~。
次男は坂本選手が推しです(渋いっ!)。
「狙いを定め~♪」とよくヒッティングマーチを口ずさんでいます!
私のマイナンバーは今までもこれからもずっと「24」!(桧山進次郎さん。)
変わりません。
大好きなタイガースを中心にブログを書いています!
試合があっても無くても、毎日頑張って更新するので是非読んでください!
我らの阪神タイガース
1995年(平成7年)1月17日。午前5時46分。
未曾有の大災害となった「阪神・淡路大震災」から、31年の月日が流れました。
一昨日(1/17)、2軍本拠地となった「日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎」にて、球団社長や自主トレ中の新人選手らが集まり、静かに黙禱を捧げました。
2軍本拠地が尼崎に変わってからは、初めての追悼行事となります。
震災当時、2軍本拠地の鳴尾浜球場は、前年秋に整備されたばかりでしたが、液状化現象などで大きな被害を受けました。
1軍の甲子園球場も同様です。
当時の選手、球団関係者の方々は、大変なご苦労をされたことと思います。
そんな歴史を経ての尼崎での初行事。
非常に大切な節目となったのではないでしょうか。
震災を知らない世代へ語り継ぐタイガースの使命
震災当時、私は学生でした。
関西から離れた地にいましたが、あの時の揺れ、そしてテレビ越しに見た信じられない光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
しかし月日は流れ、今のタイガースの選手のほとんどは「震災後」に生まれた世代です。
今年唯一の高卒ルーキー、早瀬投手(2007年生まれ)に至っては、東日本大震災の記憶すらおぼろげかもしれません。
彼らにとって震災は「親世代が経験した歴史」になりつつあります。
それでも、兵庫県を本拠地とする阪神タイガースには、この記憶を語り継ぐ使命がある。
私はそう強く感じています。
「優しすぎる左腕」安達智次郎さんの志
今回の震災行事の中で、私の心に深く残ったのは、髙橋遥人投手が神戸市長田区を訪れたというニュースです。そこには、ある一人の元タイガース左腕の影がありました。
皆さんは、安達智次郎(あだち・ともじろう)という投手を覚えているでしょうか。
1992年のドラフト会議。
タイガースは、掛布雅之さんに憧れた星稜高校の怪物・松井秀喜選手を1位指名しましたが、4球団競合の末に抽選で外れ、その「外れ1位」として指名されたのが、地元・神戸村野工高校の左腕・安達さんでした。
現在ブルペンコーチを務める片山コーチとは、同じ高卒の同期入団です。
190cm近い長身から投げ下ろす左腕。
地元・神戸出身のスター候補。
しかし、彼を待っていたのは過酷な運命でした。
入団直後の震災、そして度重なる故障。
「松井秀喜」という存在と比較され続けた現役生活は、想像を絶するプレッシャーだったはずです。
「松井君が行きたかった球団なのに、僕で申し訳ない」
本来なら「ドラフト1位」は手放しで喜ぶべき晴れ舞台です。
しかし、指名直後の安達さんの目から溢れたのは、あまりにも謙虚で、切ない涙でした。
「松井君が阪神に行きたがっていたのに、僕が1位で申し訳ないです」
18歳の若者が、自分の喜びよりも先に、同世代のライバルの気持ちやファンの落胆を慮ったのです。
この「優しすぎる左腕」の物語は、ここから始まりました。
プロの世界は甘くなく、安達さんは一度も1軍のマウンドで勝つことが出来ませんでした。
期待の背番号「12」から、崖っぷちの「99」へ。
登録名の変更、野手転向、そして投手への再転向…。
もがき続けた7年間の現役生活に幕を閉じた後は、バッティングピッチャーとして裏方でチームを支えた時期もありました。
「長田の星」として復興に尽くしたセカンドキャリア
安達さんが本当に輝いたのは、実は現役を退いた後だったのかもしれません。
彼は地元・神戸でバーを経営しながら、震災で傷ついた街の復興に尽力し続けました。
長田の少年野球を指導し、地元のイベントには積極的に顔を出す。
「自分は1軍で勝てなかったけれど、地元のためにできることがある」
そんな安達さんの温かい人柄は、長田の人々にとって大きな支えとなっていました。
しかし2016年、41歳の若さで急逝。
あれからもう10年が経ちます。
高橋遥人投手へ受け継がれる「復興のバトン」
今回、髙橋遥人投手が長田区の真陽小学校を訪れたのは、安達さんの志を知ったからだといいます。
静岡県出身の髙橋投手にとって震災は直接の経験ではありませんが、彼自身も度重なる手術を乗り越えてきた苦労人です。
「やり続けることが大事。ずっと野球を好きという気持ちを大切にしてほしい」
高橋投手の言葉は、きっと天国の安達さんも笑顔で聞いていたのではないでしょうか。
数字が語る不思議な因縁と、2026年への願い
今回、数字を整理してみて、鳥肌が立つような巡り合わせに気づきました。
安達さんの命日は、震災の日のちょうど10日前。
「1」が一つ欠けたその日付に、彼が背負い続けた「外れ1位」という運命が重なって見えるのは私だけでしょうか。
更に、髙橋投手は震災発生年(1995年)の「11月7日」生まれ。
11月7日から「1」をずらすと、震災の日の「1月17日」と同じ数字が並びます。
彼が今、安達さんの愛した地で「困難を乗り越える力」を語っている。
偶然だとは思いますが、タイガースの魂が引き寄せた不思議な因縁を感じずにはいられません。
高橋投手へ望むことはたった一つ。
「とにかく怪我なく、1年間フルで投げ抜いてほしい」
誰もが認めるポテンシャルの高さ。その力をフルに発揮出来たら、チームにとってどれだけの大きな存在になることか…。
シーズンを通して、彼がマウンドで躍動し続けることこそが、安達さんへの何よりの手向けになり、街の希望になります。
髙橋遥人投手、本当に期待していますよ!
阪神タイガース 高橋遥人 カラー選手ミニマフラータオル (#29)
安達さんの志を継ぎ、不屈の精神でマウンドに立つ遥人投手!このタオルを掲げて、2026年シーズンの完全復活を全力で後押ししましょうや!
【防災士&消防士監修】防災リュック&グッズ 2人用セット
あの日を忘れない。タイガースが繋ぐ記憶と共に、今一度家族の安全を見直しませんか?「備え」という名の鉄壁の守備を、わが家にも。
頑張れタイガース!
よければ応援クリック、ポチッとお願いします🐯
にほんブログ村
阪神タイガースランキング



コメント